Masaos spice talk 谷内雅夫のspiceエッセイ

ホテルオークラ福岡のレストラン情報誌「HAKATA spice」

MASAO's talk

ホテルオークラ福岡 総料理長 谷内 雅夫によるエッセイです。毎号、食に纏わるテーマで経験談や思いをつづります。

 「粉屋」という意味のムニエルは、魚が誤って小麦粉に飛び込んだ由来からだが、料理人にとってムニエルの主役は魚ではなくバターである。美味しいムニエルもバターで決まる。ナッツのような榛(はしばみ)色の時の香りが一番で、魚にゆっくりとその香ばしさを纏わせていく。バターの色や泡で温度を司り、ムース状の榛バターを絶妙な火加減でキープし、バターの熱で火を入れるように…というようなバターのこだわりも、実は若かりし頃に出会ったオランダ人の影響である。それまでバターの思い出といえば、幼い頃に食べた缶詰バターのクセが苦手で、バターなんてものは、つけて食べれば皆同じと思っていたぐらいだ。
 しかし、アムステルダム時代のシェフは特にバターにうるさい人だった。調理中の保冷バターが少しでも溶けそうものなら「使うな」と言われ、カットしたバターも他の匂いがつかないよう個別にラップ。鮮度が重要でデリケートな素材だと叩き込まれ、バターに対する考え方が変わった。また欧州では主流の発酵バターも衝撃だった。オランダものは特に発酵の香りが強く、独特の美味しさがある。日本でバターは脂のイメージだが、欧州バターを口にすれば、クリームからできていると分かるほど軽い味わいでパンにつけただけでも十分に楽しめる。オランダで買ってきたパンに国産バターをつけたが、やはり物足りなかった。フランスの有名なエシレバターやイズニーバター、シャラント地方のバターなど一流バターはたくさんあるが、今思えば初めて口にした缶詰バターのあのクセも、意外に素敵な味だったのかもしれない。経験という名の香りを纏えば、苦い記憶も美しく変わるものである。


※このエッセイはレストラン情報誌「HAKATA spice」6-8月号に掲載しています。

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